安井式無帰還パワーアンプの製作
<製作のきっかけ>
このアンプは1年前の2020年6月に製作したV-FETカスコードパワーアンプの電力増幅段を安井式無帰還パワーアンプ基板に入れ替えたものです。
1年前に製作した時の電圧増幅段は1992年に製作した窪田式上下対称回路アンプ基板をそのまま使用していました。
製作直後に無線と実験執筆者の安井章先生の訃報を知り、安井先生のオマージュとして安井式無帰還アンプの製作を決意しました。
改造後のアンプ
改造後のアンプはV-FETカスコードパワーアンプと外観は変わりません。
ラックスマン製真空管グラフィックイコライザー・キットを昨年7月に購入して、プリアンプからの信号は真空管グラフィックイコライザーを通してパワーアンプに接続しています。
理由は小音量で使用することが多いので、バスブーストが主目的で、真空管を通すことで真空管の音になるというハーモナイザー効果も試して見たかったからです。
真空管グラフィックイコライザーを通すことの音質劣化は感じなくて、小音量の低音不足が改善したことのメリットが上回っています。
真空管グラフィックイコライザーを通すと電源のオン・オフでポップノイズが出るようになったのが残念な点です。
このアンプの最大出力は16W 8Ω 増幅率は約10倍になりました。
<設計コンセプト>
安井式無帰還パワーアンプは4石でカップリングコンデンサーを使用するタイプと電圧増幅段を2段構成にしたDCアンプタイプの2種類があります。
基板サイズの制約がありカップリングコンデンサーは場所を取りそうなので直結DCアンプ回路で設計することにしました。
手持ちの無線と実験2003年1月号の「オーバーオール無帰還50Wパワーアンプ」の電圧増幅段を採用しました。
電源部やフィルター回路はより新しい無線と実験2012年11月号の「モノーラル45Wパワーアンプ」を参考に設計しました。
安井式無帰還パワーアンプの製作記事は多数有り、過去記事に新しい記事の内容を取り入れた製作記事に当てはまらない回路になりました。
今回はV-FETとMOS-FETのカスコード接続終段部とバイアス回路はそのまま利用するので、終段の安定化電源は採用していません。
今回の改造の内容はV-FETカスコードパワーアンプの製作記事と見比べていただくと分かりやすいと思います。
<改造開始>
昨年6月に部品を発注して、安井式電源フィルター組み込みと電圧増幅段と終段別々の電源構成に変更しました。
電源部改造後
とりあえず電圧増幅段はそのままで電源配線と安井式電源フィルターの改造を済ませました。
右手前が終段用の整流回路と電源フィルター基板で左手前が電圧増幅段用の整流回路と電源フィルター基板です。
右下電源ケミコンの中点をアース基点にして、シャーシアースと左右別々にスピーカー端子を通して終段アース配線と電力増幅段電源フィルターのアース配線を行っています。
終段の配線も電源ケミコンから左右別々にプラス電源、マイナス電源を配線しています。
電圧増幅段用電源フィルター基板です。
電圧増幅段は今まで使用していたブリッジダイオードPB102Fを使用しました。
終段用ブリッジダイオードは安井式で使用されているタイプのFCH20A20/FRH20A20 SBD200V 20Aを使用しました。
窪田式上下対称回路アンプ基板
今まで使用していた窪田式上下対称回路の電圧増幅段基板です。
圧着端子を使用してボルトオンで取り付け取り外しが可能な配線にしました。
無帰還パワーアンプが失敗したときには簡単に元に戻せる計画です。
安井式無帰還パワーアンプの電圧増幅段も同じサンハヤトのICB-93SGユニバーサル基板にLR2回路分を組み込みます。
<電源部回路図>
電源部回路図左側が電圧増幅段用電源、右側が終段用電源です。
電圧増幅段用はスピーカープロテクター基板を通して電圧増幅段に接続しています。
電源フィルター基板にはサイズ的に電源ケミコン1000μFが最大なので、プロテクター基板の電源ケミコン3300μFを利用する設計です。
電源部の改造で音質確認をしてみるといい感じなのでそのまましばらく使用することにしました。
そのまま製作意欲が無くなって1年が過ぎてしまいました。
<アンプ部回路図>
電圧増幅段の初段2SK246/2SJ103、2段目2SC3423/2SA1360のコンプリメンタリーペアは安井式無帰還アンプで採用されているものです。
電源部も安井式電源で使用されている2SC1845/2SA992と定電流用FETの2SK117を採用しました。
シンプルな回路が好みなので入力バッファーや初段カスコード接続は採用しませんでした。
破線の範囲が今回作成する基板の回路です。
LR2回路を1枚の基板に配置するので、基準電源のツェナーダイオードと定電流FETはプラスとマイナス電源2組にして制御TRは各チャンネル別に4組にしました。
手持ちの進抵抗のプレート抵抗を使用したかったので、初段の負荷抵抗3.3KΩと共通ソース抵抗1.6KΩ、2段目エミッター抵抗1.6KΩは安井先生の回路では使われていない値になりました。
2段目負荷抵抗22KΩとバイアス回路560Ωはタクマン1/2W抵抗を採用しました。
初段の電流は製作後の測定で左CH4.2mA、右CH2.8mAになっていました。
2段目の電流は計算で左CH8.4mA、右CH6.7mA程度になっていると思います。
終段のアイドリング電流は200mAに調整しました。
<製作>
初段の2SK246/2SJ103は無線と実験記事を参考にしてIDSSとVGSを測定してペアを組みました。
トランジスターはランクのみ合わせて使用します。
アンプ基板配線図
サンハヤトのICB-93SGユニバーサル基板を使用するので、基板表面の数字とアルファベットを方眼紙に記入して部品配置と配線を検討します。
数字とアルファベットは表面側だけなので表面側からみた部品配置になっています。
電源入力側のバイパスコンデンサー0.1μFはこの時点では付けていなかったので配置していません。
最終的に必要と判断して空いたスペースにバイパスコンデンサー0.1μFを入れています。
中央縦にアースライン、上に+VCC、下に-VCC電源を中心に左右対称にLRの電圧増幅段を配置しました。
部品配置とFETペア選別までは1年前に済ませていたのですが、1年過ぎるとペア選別があることも忘れており、部品を用意しているときに発見できました。
アンプ基板製作開始
部品配線開始の状況です。
初段の2SK246/2SJ103はエポキシ樹脂接着剤で熱結合しています。
配線図と基板上の数字とアルファベットを確認しながら配線するのは老眼にはつらい作業です。
入力アースのコイルはトーキンのコイルだと大きいので手持ちの小さなフェライトコアに自分でコイルを巻いて適当に製作したものです。
アンプ基板のハンダ付けはワニ口クリップの付いた虫めがねを使用して行いました。
裏打ち配線はモガミ7本よりとアースラインはダイエイ電線19本よりを使用した金田式配線方法です。
基板の製作は1日で完成することが出来ました。
完成した電圧増幅段基板です。
コンデンサーはニッセイ電機APS、抵抗は進抵抗とタクマン1/2Wと1/4Wを使用しました。
<完成と調整>
安井式無帰還パワーアンプ完成です。
RCAピンジャックは金メッキのラグ板付きの製品が無かったので、手持ちのシルバーメッキのラグ板付きを分解して単品の金メッキプラグをラグ板に付けて作っています。
初段のソース抵抗1KΩ半固定抵抗で出力端子のDCオフセット電圧を100mV以下に調節するのですが、右チャンネルが6V程度までが限界で調整出来ませんでした。
配線に間違いは無いようなので、右チャンネルの2SA1360のエミッター抵抗1.6KΩに10KΩの抵抗を並列接続して1.4KΩ程度とすることでDCオフセット電圧が100mV以下に出来ました。
しかし右チャンネルのDCオフセット電圧が突然18Vとかになってしまう不具合が起こりました。
プリント基板のハンダ付面をルーペで確認してテンプラハンダになっているところを探し出して再ハンダを右チャンネル全体に施してDCオフセット電圧は安定しました。
初段の共通ソース抵抗1.6KΩがテンプラハンダになっていたのがDCオフセット電圧不安定の原因だったと思います。
使用した進抵抗は10年から20年以上前の物なのでリード線が酸化してハンダの乗りが悪いのがテンプラハンダの原因になったと思います。
DCオフセット電圧は最終的に20mV以下に調整しなければいけません。
電源を入れて30分以上でDCオフセット電圧が安定することが分かったので、安定してから0mV近くになるまで調整しました。
半固定抵抗で0〜10V程度までオフセット電圧が変動するので0mVに合わせるのは簡単ではありません。
右チャンネルはエミッター抵抗を変更しないと調整できないくらい初段のバランスが悪かったので、電源投入直後は120mV程度のDCオフセット電圧になっています。
左チャンネルも70mV程度のDCオフセット電圧になっていますが、10分程度で両チャンネルとも20mV程度に安定するので実用の範囲内だと思います。
40分程度経過すると両チャンネルともDCオフセット電圧は2mV以下まで少なくなっています。
スピーカープロテクター基板のおかげでDCオフセット電圧が突然18Vになってもアンプやスピーカーが壊れることはありませんでした。
<測定と試聴>
30年以上前に購入したオシロスコープとオシレータでノイズと発振の有無を確認しました。
1KHzの方形波の波形です。
問題ないと思います。
10KHzの方形波の波形です。
少し波形が鈍ってきました。
100KHzの方形波の波形です。
三角形の波形になりました。
高周波特性は良くないようです。
改造前の窪田式上下対称回路の特性と比較します。
100KHzの方形波の波形です。
電圧増幅段はNFB有りの終段無帰還アンプなので高域特性は良いと思います。
金田式V−FETパワーアンプと比較してみます。
100KHzの方形波の波形です。
金田式は終段からのNFBアンプです。
高域特性は最も良さそうですが、波形に変形がみられます。
他のアンプと比較すると安井式無帰還パワーアンプの高域特性は良くない測定結果でした。
製作中は金田式V−FETパワーアンプを使用していました。
最初に聞いた安井式無帰還パワーアンプの印象は金田式アンプの中域に張りのある音質に比べるとおとなしい音と感じました。
1週間程度使用した後の印象では高音域が聞き取りやすい結構いい音に感じています。
<アンプゲインと最大出力の測定>
低周波発振器 TRIO AG-202Aの出力にDC漏れがあり、スピーカープロテクターが動作して最大出力が測定出来ないので修理することにしました。
AG-202A発信器修理前
低周波発振器は出力にカップリングコンデンサーが入っており、電解コンデンサーが古くなってDC漏れしていると判断してコンデンサーの交換をすることにしました。
基板アップ
赤いコンデンサーの近くの50V220μFがカップリングコンデンサーです。
赤いコンデンサーは同容量だったので以前間違えて交換した電源部のコンデンサーです。
AG-202A発信器修理後
グリーンのコンデンサーが交換後のカップリングコンデンサーです。
交換後もDC漏れが30mV程度出ていますが、最大出力の測定は可能なレベルです。
アンプの最大出力は8Ω抵抗負荷の出力端子をオシロスコープで観察して波形がクリップする手前のAC電圧をテスター測定して計算します。
クリップ波形
測定はテスターで測定可能な400Hzの正弦波でピークのクリップを観察します。
波形がクリップする手前のAC電圧はRch 12.0V、Lch 11.3Vでした。
終段の電源電圧が29.3Vなので思ったより最大出力が低い印象です。
V-FETとMOS-FETのカスコード接続は電圧ロスが10V程度あるので、10V電源電圧を差し引けば納得がいく数字です。
2A3シングルアンプが3W、V−FETパワーアンプが9Wなので、このアンプが16Wで最大出力になります。
アンプゲインは低周波発振器の出力とアンプの出力をテスターで測定して、電圧差の比率で計算しました。
Rch 9.4倍、Lch 10.3倍になりました。
左右でゲイン差があるのは無帰還アンプなので、素子の能力がそのまま出てしまうためでしょうか。
ゲインを合わせるには初段の共通ソース抵抗の微調整が必要だと思います。
聴感では差が全く分からないので、調整は考えていません。
<歪率特性の測定>
フリーソフトのWaveGeneとWaveSpectraで歪率を測定する方法が音の工房のウェブサイトで紹介されていたので測定してみました。
歪率測定ソフトWaveSpectra V.1.51をダウンロードしてパソコンにインストールしました。
WaveGene(低周波発信器)をWINDOWSタブレットにインストールしてアンプに正弦波を入力します。
出力は8Ωの抵抗負荷にボリュームを付けてパソコンのマイク入力に接続します。
出力電圧は100Hzでテスターで測定して、1KHzと10KHzに切り替えました。
歪率0.1%程度の時のWaveSpectra画面です。
中央のピークが1KHZで2次、3次の高調波とノイズが表示されています。
左端のTHD、+Nの赤い囲みの中に歪率が表示されるので、記録しておきます。
歪率1%程度の時のWaveSpectra画面です。
高次の高調波が表示されています。
本機の歪率特性カーブです。
DCオフセット電圧を調整出来ずに2段目エミッター抵抗を調整したRchの方が歪率特性は良いようです。
歪率特性カーブは音の工房のウェブサイトで公開されているEXCELファイルに記録したデータを入力して作成しました。
音の工房様、有益な情報とソフトの提供、ありがとうございます。
<完成アンプの問題点>
無音状態でスピーカーに耳を近づけるとジーというノイズが発生しています。
ノイズの波形をオシロスコープで観察すると定期的に小さなパルスが出力に出ています。
配線のバインド等配線取り回し調整を試して見ましたが改善は難しそうです。
アンプの裏蓋を外すとオシロスコープに大きなノイズが発生します。
裏蓋無しで配線に手を近づけると大きな電磁誘導ノイズがオシロスコープで観察されます。
ノイズを完全に押さえるのは難しそうです。
無線と実験2012年11月の安井先生の記事では抵抗を銅箔でシールドする電磁波対策も紹介されていますがそこまでするエネルギーはありません。
ノイズはスピーカーに耳を近づけないと聞こえないので実際の使用には問題はありません。
金田式V−FETパワーアンプでもスピーカーに耳を近づけるとジーというノイズが聞こえますがNFBが掛かっているせいで一段小さな音になっています。
負帰還が無いためスイッチON直後のDCオフセット電圧のズレが120mVと大きいこと、残留ノイズが少し大きいのが問題点になると思います。
初段のFETの選別をシビアにすればDCオフセット電圧のズレは押さえられたのではと思っています。
問題点も安井式無帰還パワーアンプの個性として、アンプの音質を楽しみたいと思います。